古和の祇園祭 No1
7月の第2土曜日は「古和の祇園祭」だ。
御船(みふね)と呼ばれる組み立て式の「網船」で町を練り歩く伝統の祭りだ。
朝、浜辺にはすでに組み立てられた御船がひっそりと幌を被っていた。
この時期は梅雨があけてないので毎年雨の朝を迎える。
昼過ぎには幌が外される。
この中に「大太鼓・小太鼓・鉦(かね)・笛」の奏者が7~8人乗り
それを船の下に通した丸太数本に数十人が肩で担ぐのである。
昔(と言っても数十年前だが)は、この船はもう一回り大きかった。
笛を吹く人も左右それぞれ十人位いたような気がする。
何トンもの重さの船を人力だけで肩に担ぎ、夜中の2時ごろま町内を練り歩く。
時には左舷と右舷が、お互い、相手側にひっくり返そうとする。
実際、転覆するのは毎年のことだった。
中に乗ってる奏者らは、身体に縄を巻いて
太鼓・鉦を打ち鳴らし、笛を吹き鳴らして起き上がらせようとする。
実に「荒くたい(あらっぽい)」祭りであった。
喧嘩ごしであった。けが人もでた。不幸なことに重症者がでてから
昔のような荒くたいことはなくなった。
しかし、「テケテン」と打ち始めると
「ドコドン」とつづき
「ドコンドンドンドコドン」
と、小太鼓と大太鼓が連打し
合わせて、担ぎ手が「ワー」という勇ましい喚声で
御船が持ち上げられる。
それは、昔も今も変わらない。
その躍動感あふれる場面が見たくて、私は今年もきた。
小太鼓と 大太鼓打つ夏来たり
御船(みふね)と呼ばれる組み立て式の「網船」で町を練り歩く伝統の祭りだ。
朝、浜辺にはすでに組み立てられた御船がひっそりと幌を被っていた。
この時期は梅雨があけてないので毎年雨の朝を迎える。
昼過ぎには幌が外される。
この中に「大太鼓・小太鼓・鉦(かね)・笛」の奏者が7~8人乗り
それを船の下に通した丸太数本に数十人が肩で担ぐのである。
昔(と言っても数十年前だが)は、この船はもう一回り大きかった。
笛を吹く人も左右それぞれ十人位いたような気がする。
何トンもの重さの船を人力だけで肩に担ぎ、夜中の2時ごろま町内を練り歩く。
時には左舷と右舷が、お互い、相手側にひっくり返そうとする。
実際、転覆するのは毎年のことだった。
中に乗ってる奏者らは、身体に縄を巻いて
太鼓・鉦を打ち鳴らし、笛を吹き鳴らして起き上がらせようとする。
実に「荒くたい(あらっぽい)」祭りであった。
喧嘩ごしであった。けが人もでた。不幸なことに重症者がでてから
昔のような荒くたいことはなくなった。
しかし、「テケテン」と打ち始めると
「ドコドン」とつづき
「ドコンドンドンドコドン」
と、小太鼓と大太鼓が連打し
合わせて、担ぎ手が「ワー」という勇ましい喚声で
御船が持ち上げられる。
それは、昔も今も変わらない。
その躍動感あふれる場面が見たくて、私は今年もきた。
小太鼓と 大太鼓打つ夏来たり