PCクラブログ

2006年からの日記です。備忘録です。生活に必要な知識、それを実現しょうと試み続けているのが本ブログです。未熟者ですがよろしくお願いします。

古和の祇園祭 No10

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

翌日(日曜日)には「ひまち」と呼ばれる行事があります。
この「ひまち」という漢字がわかりません。
町内では昔からそう呼んでて、その意味を知ってる人にまだ会うてません。

朝10時頃から町内の人たちが「八柱(やはしら)神社」へ集まります。
「あれが合歓の花やんな!」
見上げると黄色い花が満開でした。
「合歓の花ってシルクフラワーゆうんやて!」
田舎でもハイカラな人はいるものです。

そういった雑談をメイメイしながら10分ほどの道のりを歩いていきます。
神社というより「宮さん」と呼んでいます。
で町内係の人が「宮さん」の中に入り
町内全部揃うと太鼓を打ち鳴らすのです。

「ド~ンドンドンドンドン・・・」
太鼓のリズムが「祇園ばやし」とは異なります。
大漁祈願・疫病回避みたいな祝詞のあと
ねんぎゃさん(神主)が外の人たちにもお払いをするわけです。

皆前に集まります。
中の神事が済むと町係がそれぞれにお神酒をついでくれます。
そこで終了。

僕がこどもの時分はこの境内ではぶつかるほどの人でした。
今は10分の1ぐらいでしょうか。当時の人波に戻ることはもうないでしょう。
それを思うと寂しい限りですが
少ないながらも、こうやって懸命に古来伝統を守っている古和の人々には畏敬の念を抱くのです。

昨日「御船」が旋回した「弁天島」が見えました。
大昔あの島まで階段でつながっていたそうです。
確かに海の底に石段が「弁天島」の方向に延びていたのを
こどもの頃見た記憶があります。

祇園さんもすんだにゃ」ゆうと
祇園さんが済んでも次の祇園さんまでが祇園さんやんな」
という返事が返ってきました。
伝統の祭りを続ける、ある意味で大変さがわかります。

玉砂利や
 お神酒で語らう
  祇園さん
お問い合わせ