PCクラブログ

2006年からの日記です。備忘録です。生活に必要な知識、それを実現しょうと試み続けているのが本ブログです。未熟者ですがよろしくお願いします。

古和の祇園さん「そりゃもう毎年やもんでわかっとんさ」

7月上旬に梅雨が明けた。
古和の祇園さんが来た。
「つり出しは何時?」
「7時半やって」
山の内の前に鎮座している御船を見に行ってきた。
傍にいる担ぎ手の若衆の一人に尋ねた。
頭に豆絞りの鉢巻、まっ白い半そでシャツに「古和の祇園祭」の赤い文字、足には白足袋の 祭り衣装が夕闇に浮かび上がる。
ごくふつうのシンプルな格好である。
何はともあれ、やっぱり祇園さんは夜間やるものだ。

 

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不老橋の上はライトで照らされている。

「御船」は古和浦漁協を左旋回、お浜の広場まで来た。
人々が蜘蛛の子を散らすように道をあける。

しかし、潮が高い。御船を乗せる船の台座が堤防より50センチ高い。
「だいぶ上がったよ」。老漁師が暗い海面を覗き込みながら呟く。

 

このまま突っ込むと危ない。「船渡し」が最も危険な場面だ。
潮が引くまで御船を練る。
さすがにそれまで時間が長すぎる。
一時「休憩」ということで、ひとまず御船を下ろす。

 

広場の喧騒が消えた、と同時に屋台に子どもらが群がった。
屋台では裸電球に照らされて馴染みの店主らが動き回る。
ふと、「何か欠けている?」と思ったら・・・カラオケ櫓が無かった。

 

「古和の潮風声が聞けないのは寂しいものだ・・・」
去年のカラオケは今でもよく覚えている。
北島三郎の「祭り」を歌った親父さんは、上手くはないのだが、声が良かった。
あの親父さんは、今ではどうしているのだろう?
もし、ここで見かけたりしたら、「ええ声やにゃあ・・・」と声を掛けたそうな気がする。

 

堤防沿いをぶらぶらしてるうち、半時間すぎて、再び歓声がわき上がった。
御船は上村組の辺りまでバックしたかと思うと今度は前のめりに突っ込む。

 

 


2013古和の祇園さん「後篇」

 

 

「ピー」と鳴る笛
「ジャンジャン」と響く鉦。
「トトントントン」
「ドドンドンドン」
小太鼓と大太鼓が鳴り響く。

 

担ぎ手が御船を持ち上げる。
取舵(左舷)が優勢。面舵(右舷)が沈む。
すかさず周りの若ぃ衆が加勢に入る。
提灯が激しく揺れる。

 

時間は8時半を過ぎた。

「まだやどー!まだやどー!」
船頭らがおめく。


そのうち御船は堤防の開閉扉をくぐる時が来る。
いよいよと言う時、艫(とも・船尾)から囃し手らが
パラパラ飛び降りてくる。


舳(へさき)が台座に踏み入れた。
緊張の一瞬!

無事、御船を鎮座させたようだ。


期せずして拍手が巻き起こった。
世の中がどれだけ変わっても、御船渡しの緊張と、載せた後の安ど感は50年前とあまり変わっていないような気がする。

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